なぜみんなヒット曲に飛びつくのか?
毎日さまざまなアーティストが音楽を発表し、星の数ほどの楽曲が自然と世の中に流れてきます。しかし、その大半の音楽は聞き流され、やがて忘れ去られてしまいます。一方で、中には多くの人に「価値がある」と認められ、繰り返し聴かれ、口ずさまれ、大勢の心をつかむ音楽もあります。いわゆる「ヒット曲」です。
私は昔から、この現象に不思議さを感じてきました。その差はいったい何なのでしょうか?
最近、音楽の世界でも「予測」というキーワードを目にすることが増えてきました。人間は耳から入ってくる情報(他の感覚器官も同様でしょうが)を、常に予測しながら処理しています。音楽も例外ではありません。
自分の予測どおりに音楽が進んでいくと、それは安心できる「普通」の状態になります。しかし、そこから少し外れると気になり、耳を傾けるようになります。さらに自分の予測にない展開が現れると、興奮を覚えるように感じます。逆に、大きく外れすぎると違和感や不安を感じることもあります。
そして、この「少し予測の外れた」情報こそが、深く記憶に残り、大切な情報として保存されます。何度も思い出したり、頭の中で繰り返したりすることで、その興奮が再び呼び起こされるのです。
近年では脳計測技術の発達により、予測が裏切られたときの脳反応も測定できるようになってきました。予測とは、脳に蓄えられてきた経験や文化をもとに行われるものにほかなりません。
ちなみに私は、この「情報の蓄積」は10代で止まってしまうことが多いのではないか、とも感じています。私の周りを見渡しても、10代で聴いてきた音楽が、その後の音楽体験の基準になっている人が多いように思えるのです。
そして「予測が少し外れた」と感じる音楽へのアンテナは、世代や文化、地域による差はあるにせよ、驚くほど似通っている気がします。だからこそ、次の日の学校や職場で「昨日のあの曲、いいよね」といった会話が自然に交わされるのでしょう。
私が思うに、こうした現象は、群れとしての人間社会における価値観の共有や確認、そして微調整の役割を果たしているのではないでしょうか?
ちなみに、音楽の脳計測から導き出される「音楽の予測理論」は、AIによる音楽制作の肝になっているようにも感じます。そのうち、実験体として脳計測された人間にAIが音楽を聴かせ、反応を探りながらヒット曲を生み出す時代が来るのかもしれません。
今でも、すでにかなりのレベルに達していますから……。